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  • 2016.05.20
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台湾で最も愛される日本人 八田 與一氏

JCI ASPAC高雄大会の楽しみ方 

~歴史編~

今回は台湾の歴史を紹介します!

 

【台湾で最も尊敬される日本人 八田與一 氏】

八田與一(1886~1942)氏は、日本人の水利技術者で、

当時日本統治下にあった台湾で、農業水利事業に大いに貢献した人物です

台湾では歴史教科書にも掲載され、子供からお年寄りまで、

最も尊敬される日本人として知られています

 

 

彼が企画立案から施工竣工まで手掛けた烏山頭水庫(ダム)が当地に有り、

このダムによって、この周りの嘉南平野が、不毛の土地から台湾を代表する穀倉地帯に生まれ変わり、

台湾最大の穀倉地帯が生まれたと言われています

 

現地の農民達によって、ずっと顕彰されつづけており、

その烏山頭水庫一帯が、八田與一記念公園となっています

ダムを見下ろす小高い所に、八田與一氏の銅像と夫妻の墓が置かれていて、

銅像は、第二次世界大戦中の金属供出時にも、その後の中国国民党政権の日本文化破壊時にも、

現地の人によって隠され、守り通された経緯があり、現在、台湾に残る唯一の日本人の銅像です

 

台南県の烏山頭は台湾第二の大型水利灌漑用ダムで、

入江は珊瑚が枝を広げている形に似ているので珊瑚潭とも呼ばれ、

また灌漑地域が広く嘉義、台南両県下に渡っているので、嘉南大圳とも名づけられています

このダム30以上の渓流の支流がこの湖に流れ込んでいるので、入江が多く、

湖中には小島がいくつもあり、山光水色相映り、優美な景観を呈しています


このダムは嘉義、台南両県下の68,792ヘクタールにのぼる広大な水田に灌漑用水を供給し、

台湾農業生産に多大な寄与をしているばかりではなく、南台湾観光の重要な拠点になっています

 

烏山頭ダムは1920年に建設を開始したもので、

日本の青年水利技師八田与一氏の設計と工事監督によって、

10カ年間の歳月を費やして1930年に完成

 

第二次大戦中、八田氏はフィリピンの水利工事建設の命令を受け、

日本より赴任の途中、乗船がアメリカ潜水艦の攻撃に遭って沈没し、

惜しくも九州沖で露と消えました

烏山頭の湖畔に居残った未亡人八田夫人は

終戦の年の1945年9月1日にダムの竣工式記念日に主人の手によって

建設されたダムに飛び込んで自殺された、という歴史があります

 

JCI関係委員会 

広報幹事 崔 成基

jc@baycess.com