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栗原 清貴(東京都)

1982年、仙台市に生まれる。
2000年10月、高校在学中に歌手デビュー。
2010年、全米最大のゴスペルイベントにソリストとして参加、日本人グループとして史上初の優勝。アポロシアター「ゴスペルナイト」ハーレムジャパニーズゴスペルクワイヤーが日本人初のゲストとして招かれリードシンガーとして歌唱する。
2016年、2018年にはリオ、平昌パラリンピックのテーマソングに起用されるなど数多くの実績がある。
高校生であった2000年から、プロのシンガーソングライターとして日本、海外で活動。
2016年4月に「音楽で人と人を繋げる」をテーマにゴスペルスタイルの合唱団「SING FOR JOY」を立ち上げ、自身の活動と並行しながら、日本各地でメンバーの方たちと各地域にある福祉施設や、障がい者スポーツ、LGBTのイベントなどの場で当事者をはじめとした多くの方々に勇気や、希望を与える活動をしています。

 
「SING FOR JOY」には全国で100人以上のメンバーが参加しています。この活動は、各地で私たちが歌うことで、誰かの勇気になればと2016年4月から続けています。
自分には一緒に歌う仲間がいる。自分には応援してくれる仲間がいると実感し、地域をつなぐ交流が生まれ、波及的な広がりをみせています。
メンバーだけで病院へボランティアで歌いに行くなど、各自が歌う意義を感じ、自ら行動することにつながっています。

2018年平昌パラリンピックのフジテレビ系列の公式テーマソングとして自身の楽曲が起用されました。オリンピックに比べ、パラリンピックの会場の応援は選手の家族、友人など関係者の姿ばかりで、パラリンピアンの名前を知っている方も少ないのが現実です。多くの人へ魅力を伝えるためには理解を深めることが必要です。みんなで歌うことで壁を無くし、共生社会の実現の必要性を全世界に伝えていきたいと考えています。
2010年から宮城のPR大使である「みやぎ絆大使」として、故郷である仙台市の復興に向けた活動に取り組んでいます。
学校や仮設住宅などを回り、復興を進める地域の方を歌で勇気づけてきました。
2011年には東日本大震災で被害を受けた母校岡田小学校では卒業児童が書いた詩に作曲し、地元岡田地区のシンボルのような曲になればと「岡田の風」を作りました。現在では「岡田合唱団」として「岡田の風」が歌い継がれています。

栗原 清貴 (東京都)

岡崎 広樹(埼玉県)

“人口4,800人の内、2,500人を超える外国人が住む芝園団地に住み始めて、生活習慣や文化の違いによって住民間に軋轢が生じているのを痛感し、自治会の事務局長として外国人住民を交えた地域づくりを推進。2015年「あしたのまち・くらしづくり活動賞」総務大臣賞、2018年国際交流基金「地球市民賞」、埼玉県「埼玉グローバル賞」をダブル受賞。第2次川口市多文化共生指針策定委員を担う等、外国人住民を交えた地域づくりの実践家として活動中。”

“日本人と外国人が一緒に笑顔で暮らせる地域づくりを担っています。現在、住民の半分を超える2,500人以上が外国人の芝園団地に住みながら、”
①騒音やゴミ捨て等の問題の当事者で人間関係が築きにくい住民同士の交流を促進
②外国人が地域の担い手として活躍できる環境づくりを推進
③ヘイトスピーチ等の誹謗中傷を防ぐため、住民交流の現在を情報発信。今では、見えない国境を越えて外国人が活躍し、地域に笑顔の輪が拡がっています。

高齢の日本人と若い外国人は、世代や言葉や生活習慣の差があり、 日常の接点もありません。そこで、双方の住民が、地域のイベントを企画しつつ顔見知りになれる「芝園多文化交流クラブ」を、地域外の学生団体「芝園かけはしプロジェクト」を巻き込んで開始。今まで延べ450人の住民が同クラブに参加し、住民間の軋轢や偏見が緩和。更に、外国人の自治会役員誕生、夏祭り準備への参加など、現在では外国人住民が地域で活躍しています。
日本人が外国人を地域活動に受け入れやすいように「外国人住民向け自治会冊子」を作成して、生活習慣等の違いで生じる騒音やゴミ捨て等の問題の改善を推進。また、若い中国人住民がいつでも気軽に地域情報へアクセスできるよう中国のSNSで地域情報を発信したり、「中国人住民が先生の中国語教室」等の外国人住民がその能力を地域で活かせる機会を設けたりすることで、外国人住民が地域で活躍するための環境づくりをしています。
過去には、週刊誌等で「チャイナ団地」等の誹謗中傷を受けたり、ヘイトスピーチの団体が来たりしたため、芝園団地の取り組みをメディア等で発信して、過去の悪いイメージを払拭しています。また、雑誌に寄稿したり、企業・大学・市役所・NPO等からの依頼で講演したり、地域づくりの総務大臣賞や地球市民賞を受賞したりして、芝園団地での経験が、外国人住民を交えた地域づくりに挑戦する方々の参考になるよう情報発信をしています。

岡﨑 広樹 (埼玉県)

仁志出 憲聖(石川県)

大学院在学中に、幼馴染と学生団体を設立、代表就任。学生と地域を繋ぐ情報配信やイベント企画を行う。
卒業後は就職せず、活動の継続・発展のため事業化を行う。’15 年新卒社員雇用のため「㈱ガクトラボ」に法人化。

金沢学生のまち市民交流館コーディネーター、石川地域づくりコーディネーター、金沢市商業活性化アドバイザーなど最年少にて務める。地域若者チャレンジ大賞2013全国大会優秀賞受賞。その他各種委員等多数。
金沢は、実は学都ランキング3位の「学生のまち」。しかし、本当に大切なのは、 学生が地域で挑戦できる場と考え、学生×地域専門の挑戦創出業を設立し、企業、NPO、大学、自治体など多様な主体と連携し、数多くの学生プロジェクトを仕 掛けています。 現在、実践型インターンシップや学生のまちづくり活動支援など、年 500 人以上 の相談対応、過去 60 以上の学生団体支援、年 100 人以上実践活動へのマッチ ングを行っています。

「実践型インターンシップ事業 GARENA」。やる気のある学生と地域企業で取り組む約半年間の実践型インターンシップ。新商品開発やイベント企画など企業のプロジェクトを加速し、組織に挑戦風土をもたらします。学生にとっては生き方を考え、成長する機会になります。これまで、五郎島金時を使った新商品開発や、旅館の里山化ペットプラン開発など、4 年間で 28 社 66 名が挑戦してきました。
活動を数年続けると、OBOGが学生時のように挑戦できずくすぶっていたり、企業から右腕社員が欲しいという声が。そこで新たに地域企業の社外人事部「採用活躍支援事業」を立ち上げます。環境機械をつくる 50 名の会社が新たに途上国展開をするため、人事面の支援をすることで、大企業出身の採用に成功。地域との接点もサポートし、彼は NPO やプロボノ活動なども展開しており、地域へのインパクトは大きいです。
最もベースにある活動が、学生の自主的な活動を支える「学生活動キャリア支援」。金沢の中心街にある金沢最大級の町家(金沢市運営)が主な活動拠点です。学生が耕作放棄地開拓から日本酒デザインまで手がける「N-project」など数多くの学生プロジェクトを生み出しました。今は蔵人になった代表者とは 1000 回以上メッセージをしたことを覚えています。北陸のやる気のある学生のハブとなり、全国からも学生が訪れます。

仁志出 憲聖(石川県)

教来石 小織(東京都)

NPO法人World Theater Project代表。日本大学芸術学部映画学科卒業。2012年よりカンボジアの子ども達への移動映画館を開始。5万人以上の子ども達に映画を届けてきた。他国にも活動を広げるのに壁となっていた映画の権利問題解決のため、2017年に世界中の子ども達に届けるための映画を製作。俳優の斎藤工氏始め多くの方の協力を得て完成。映画ができたことで、マダガスカル、バングラデシュ他、各国での移動映画館が可能に。『ゆめの はいたつにん』著。

途上国の子ども達に移動映画館を行っています。途上国には、まだ映画を観たことがない子ども達がいます。映画は人生を豊かにし、時に生きる目的を与えてくれるものだと考え、2012年から活動してきました。これまでに、本来であれば映画に出会う可能性のない地域に暮らす5万人を超える子ども達が映画を観てくれました。将来の選択肢を広げたり、学校に通うようになったり、手術前の不安が和らいだりなど様々な効果が生まれています。
【世界初である途上国への「映画の支援」を世界中に広げていること】
これまで途上国へのワクチンや食糧、学校建設や図書館寄贈などの支援はありましたが、映画の支援はありませんでした。活動を続けるうちに、映画の支援が存在しなかった理由の一つに、映画の権利問題があると気づきました。どこでも上映できる映画を製作したことで世界各国への展開が可能となり、各国の個人・団体と連携して途上国での映画上映を広げています。
【映画をきっかけに日本の若者達の関心を途上国へ向けていること】
途上国に映画を届けるツアーに、映画好きな学生が参加しています。その後彼らが日本で活動を広める活動をしてくれており、現在全国70人強の学生が活躍しています。途上国の映画を多く配給されているユナイテッドピープル株式会社様と、「映画で途上国を知ったら途上国の子ども達に映画が届く仕組み」をつくり、学生達が中心となり上映イベントに取り組んでいます。
【活動を持続可能にさせる仕組みを作っていること】
映画事業は映画鑑賞者から料金をいただくことで成り立ちますが、私達が上映する場所に暮らす子ども達は、映画上映にお金を払う余裕がありません。そこで、日本で経済的に余裕がある方にギフトシネマ会員として月々300円の会費をいただいたり、マスコットキャラクターのグッズを販売したり、映画イベントを行ったりと、活動を持続させるための資金を集める仕組みを作りました。

教来石 小織(東京都)

金城 愛(愛知県)

沖縄県那覇市出身。22歳の時に仕事で三重県に移住。のちに幼馴染とヨーロッパを4カ月かけて周遊。帰国後、愛知県の緊急雇用事業で愛知県東栄町にご縁ができる。その後、総務省の事業地域おこし協力隊の活動2年を経て、2015年から2年間、国の事業を活用しながら地域密着型のゲストハウスの試走。2017年の4月から築150年の古民家で「奥三河で暮らすように遊ぶ」をコンセプトに「体験型ゲストハウス danon」を個人事業主として立ち上げる。

活動する愛知県奥三河地域東栄町は人口約3200人の小さな町。
日帰りではなかなか伝わらない地域の魅力を奥三河の暮らしに焦点をあて「奥三河で暮らすように遊ぶ」をコンセプトにただ泊まるだけではなく地域の人や暮らしを体感できる四季折々の体験プログラムを宿泊者に紹介。外部と地域を繋げ交流を通して地域に人とお金の流れを創る。地域の入り口になるような、地域密着型の体験型ゲストハウスdanonを運営している。

活動する愛知県奥三河地域、東栄町は人口約3200人の過疎地域。高齢化率も高く、町の面積の9割が山林の山間の場所。県の緊急雇用事業を皮切りに東栄町での暮らしに感銘を受け、住んでみなければわからないこの土地のローカルな魅力を伝えるため、グリーンツーリズム(都市と農村の交流を含む旅行の形態)コーディネーターの勉強をし、着地型で地域の入り口となるような体験型のゲストハウスdanonを立ち上げた。
走り出しは国の事業を活用し体験型ゲストハウスの立ち上げを行った。その期間も合わせ開業をしてから3年で2000泊以上の宿泊があった。今まで、この地域に訪れることのなかった20代~40代の旅が好きな若者が多く足を運んだ。ゲストハウスを地域の入り口とし、奥三河地域に足を運ぶ一つのきっかけとなっている。ゲストハウスでの交流をきっかけに地域との繋がりが出来ることで奥三河地域のコアなファン作りへと繋がっている。
「奥三河で暮らすように遊ぶ」をコンセプトに宿泊者には地域の暮らしや人に出逢える体験を紹介。体験内容は地域の農家さんとの野菜の収穫や薪割り炭焼きなど農家の暮らしを体験できる農家体験や友釣りを体験できる鮎釣り体験。暮らしに焦点を当てた四季折々の体験を提案。体験を通して交流や繋がりができ、喜ぶのは体験をうけた宿泊者だけでなく、外部の人が喜ぶ姿をみて地元民のやる気やこの場所で暮らす誇りにも繋がっている。

金城 愛  (愛知県)

須部 貴之(鹿児島県)

明海大学(千葉県浦安市)不動産学部不動産学科卒。
ディズニーリゾート、ファーストリテイリング勤務を経て、2002年より三井不動産グループにて東京、福岡で11年勤務する。2013年6月に鹿児島へUターンし、人口減少問題、空き家問題、地域コミュニティ衰退の現状を目の当たりにし、現在不動産業をしながら地域コミュニティ活性化活動としてイベントを地域で開催し、今社会で必要なことを地域で学ぶ人財育成プログラムを構築している。

鹿児島の騎射場という人口3万人(半径500m)の地域で、人口減少、高齢化社会、コミュニティ衰退、などまちの課題をどのように解決していくかということを、「騎射場のきさき市」という1万人が参加する大規模マーケットイベントを通して人財育成カリキュラムを投入しながら活動しています。閑散としているヒ?ルの前の軒先や駐車場、近くの公園なと?の空き空間を借りて店を集め、約100店舗が集まるという一日限りのマーケットです。この活動に共感し、一緒にイベントをつくってくださった方々は2年間で200名以上いらっしゃいます。その中で人生が変わったという人がいました。例えば、看護学科の女子大生は離島をテーマとしたイベントに関わったとき、離島の看護の実態についてもっと研究したいと、離島を中心に活動するようになりました。まちづくりを学んでいた女子大生は大学では実践ができないと言い、大学を休学し様々な活動に参加しています。
やる気を引き出すために、今自分ができること、やりたいこと、するべきことなどを対話し実現に向けての一歩を一緒に考えました。
チームリーダーには権限を委譲し自分の責任で場づくりをするようにリーダーシップを養い、外国人留学生も巻き込み多様な言語、宗教、文化などの理解のもと刺激し合える環境をつくりました。丁寧に対話を通してコミュニティをつくり、当事者意識を芽生えさせまちの後継者を育てています。
まちの後継者をつくるのは、まずはまちに関わってもらう舞台をつくることだと改めて強く感じました。今は大学生がメインとなって関わっていますが、次の目標は地元の小学生や中学生たちと大学生が一緒にまちに関わってもらうつながりをつくること。それがまちの当事者から後継者育成の道しるべになると確信しています。まちの後継者育成は長い長い種まきみたいなものですが、着実に一歩づつ前に進んでいきたいと思います。

須部 貴之 (鹿児島県)

三塩 菜摘(愛知県)

10 代で 4 年間の引きこもりを経験後、米国セントラルフロリダ大学へ留学。その後、TOMODACHI イニシアチブの奨学生として米国 NPO 法人 iLEAP でリーダーシップと起業家精神を学ぶ。日系教育ベンチャー企業のハバタク(株)ベトナム支部に就職し、東南アジア 4 ヶ国 8 都市 12 名の社会起業家への取材、世界の大学生が参加対象のスタディツアーの設計、日系企業の経営コンサルタント業務、ベトナム企業でインターンシップを行う日本の大学生研修を担当。

社会との接点づくりから始まる人間力の向上をテーマに、『教えない教育』を展開。
自主性を持ち他者との議論を進んで行える人が減少し、未来に希望が持てない若者が増加し続ける傾向を課題視し、小学生から新社会人を対象として学びの場を提供している。主な事業に「マーブルタウン」と、「長期実践型インターンシップ」がある。若者の主体性を重視し、 自ら考えて行動することによって、新しい自分を形成する機会を創出している。

あいちマーブルタウンで小学生の青少年育成
マーブルタウンとは小学生を対象として行う模擬都市が形成される事業で、疑似通貨マーブルが流通するこどもだけの数日間限定の街です。ハローワークで仕事見つけ、銀行で給料をもらったら一定額納税をし、役場で出店料を払うとお店を出すこともでき、国王選挙も行います。2009 年に岡崎青年会議所から始まり、それを引き継ぎ NPO 法人コラボキャンパス三河で継続し、これまでに 9ヶ所約 20500 人が参加しています。

高校生・大学生の運営ボランティアにも成長の設計。
これまでに約 2000 人のボランティアが活躍しています。彼らにも学びがあり、ボランティア同士のコミュニティを徐々に形成する設計をしています。相互に学びを得るため「子どもに教えることで自分にも学びがある」という彼らの成長を促し、小学生には「あんなお兄さんお姉さんみたいになりたい」という目標(希望)を持ってもらえるようコーディネートしています。自主運営を希望する大学生がサークルを立ち上げた事例が複数あります。
地域の中小企業経営者と大学生が挑むインターンシップコーディネート
長期実践型インターンシップとして、大学生が週3日(長期休暇中は週5日)の間、中小企業の経営者に伴走し半年間の新規プロジェクトに取り組みます。学生の成長と企業の成果が両立できる形でプロジェクトの設計を行い、コーディネートします。これまでに補聴器業界初のネットショップ立ち上げを行い、月 80 万円の売上を作る事例や、機械工具を開発し、海外メーカーが3000万円の設備投資をして販売に至る事例があります。

三塩 菜摘 (愛知県)

尾中 友哉(大阪府)

【職歴】株式会社アサツーディ・ケイ退職後、フリーの広告ディレクターとして活動。出会った仲間とともに株式会社およびNPO法人Silent Voiceを創業し代表を務める。
【受賞歴】ソーシャルビジネスプランコンペ2014グランプリ、TEDxKobe2017スピーカー選出、みんなの夢アワード2018グランプリ、大阪府障がい者サポートカンパニー優良企業
2014年から聴覚障害者の聞こえないからこそ身についた伝える力を活かした企業向け研修プログラム「DENSHIN」や、聴覚障害・難聴のある就学児向けの総合学習塾「デフアカデミー」を展開し、聴覚障害者の強みを生かす社会の実現に向けて活動している。

「聴覚障害者の活躍の場を増やす」というビジョンに向けて、聞こえないからこその強みを活かす事業を展開しています。聴覚障害者の聞こえないからこその伝える力を活かしたコミュニケーション研修は、営業や接客の仕事の方を中心に50社以上2000人を超える参加者がコミュニケーションに関する気づきを得て、多くのメディアに取り上げられました。
数ある障害種類の中でも、聴覚障害者は唯一コミュニケーション手段や言語の異なる、いわば「障害者の中の外国人」です。それもあって、障害者向けのサービスでも活用できないことがあり、選択肢が少ない現状があります。弊社の運営する塾は難聴児専門で、聞こえないからこそ視覚能力を伸ばすことができ、速読や画像記憶などの視覚能力開発によって学力を効率的に伸ばしていくことができます。
社内には平時、10人のスタッフが出入りしています。人数の半分は聴覚障害者です。聞こえる人・聞こえない人が働く上でお互いに困ることを対等に話し合い、解決するためのアイデアが、事務所内には沢山施されています。最近では、この共に働くノウハウをコンサルティング事業として企業の聴覚障害者の働く現場にも届けています。もちろん、コンサルタントには聴覚障害者もいます。

尾中 友哉 (大阪府)

田重田 勝一郎(大阪府)

16年間Web系のシステムエンジニアとして働く傍ら、2014年5月にCode for Sakaiを設立。オープンデータを使ったハッカソンイベントやマッピングパーティイベントなどを開催。また、2016年2月にCoderDojo堺を立ち上げ、月1回のペースでコーダー道場を開催し、子どもにプログラミングを学ぶ場を提供している。2016年10月、NPO法人ラーン・モアを設立。現在子ども向けプログラミング教育活動やプログラミング教育に関する啓蒙活動に取り組んでいる。

「CoderDojo堺」は7歳?17歳の子どもを対象とした、無料のプログラミングクラブ。2016年2月より毎月1回のペースでワークショップを開催し、これまで延べ400人の子どもたちにプログラミングを学ぶ場を提供している。プログラミングを教える先生役となるのは、システムエンジニア、プログラマー、システム管理者、WebデザイナーなどITのプロフェッショナル。全員ボランティアとして参加している。

CoderDojoは2011年にアイルランドで始まった取り組みで、世界85カ国、1600箇所以上で開催されています。日本でも120箇所以上で開催されており、「CoderDojo堺」もその一つです。CoderDojoにはカリキュラムや教材はなく、子どもたちが作りたいものを作りに来る場です。子どもたちのプログラミングをサポートする大人はメンターと呼ばれ、プログラミングを一方的に教えるのではなく、子どもたちが実現したいことを一緒に考えることが役割です。
CoderDojoの活動は、子どもたちのためだけではなく、普段エンジニアとして働く大人のコミュニティ活動でもあります。IT系の勉強会やユーザーグループはたくさんありますが、主に都市部でのみ開催されていたり、敷居を高く感じている方が多いですが、地域のクラブ活動としてのCoderDojoでは、結婚・出産を機に仕事をやめてしまった元エンジニアの方や、定年退職した元エンジニアの方などたくさんの方が気軽にボランティアとして活躍しています。
CoderDojoのそれぞれのコミュニティは独立して運営されていますが、横のつながりも強く、各地域のCoderDojoが連携してイベントを行うこともあります。周辺のCoderDojoが合同で開催する「でかドージョー」や、全国のCoderDojoが集まる「DojoCon」などのイベントを通して、全国のCoderDojo仲間と繋がれるのもこの活動の魅力です。

田重田 勝一郎(大阪府)

孕石 修也(愛媛県) 

2012年4月より学習塾アフェッティ開校。
現在「対話」と「自立学習」メインの学習塾2教室の経営を行う。“未来を切り拓く29歳以下ニッポン代表”としてNHK(Eテレ)U29で特集される。また愛媛新聞ピントゼミナールゼミ長として「次代を生き抜くメッセージ」の連載や松山市自殺対策推進委員として政策提言、愛媛大学教育学部への出張講義、高校生を対象に死生観を育むワークショップ「つくろう、お墓プロジェクト」をおこなう。
学習塾アフェッティ塾長

「対話」と「自立学習」メインの学習塾を2教室開校。“未来を切り拓く29歳以下ニッポン代表”としてNHK(Eテレ)U29で特集される。また、愛媛新聞ピントゼミナールゼミ長として「次代を生き抜くメッセージ」の連載や松山市自殺対策推進委員として政策提言、愛媛大学教育学部への出張講義をおこなう。
体験入塾から約一ヶ月は、塾でほとんど勉強をしない。「自分と向き合う力」を育むために、自分と向き合うワークから始める。例えば「お金がいくらでもあるとしたら、どんなことに挑戦したいか」「自分にとって大切なヒト・コト・モノ」などについて問う。次に、「少し先の未来と今が繋がるワーク」で、どうして学ぶのかを一人ひとり異なる理由を一緒に考える。一人ひとりと向き合うなかで、塾生は自分との向き合い方を学んでいく。
アフェッティには『ミーティング』と呼ばれる週に1度30分の対話の時間がある。「よりよく生きるにはどうしたら良いか」を学習面だけでなく生活面から一緒に考える。「1週間の行動目標」を立て、「具体的に実行」し、「翌週に振り返る」という『経験を学びに換えるサイクル』を体に染み込ませ、『自分で決めたことをやり抜く力』を育んでいく。指針を定め、目標を置き、「いまを生きる」ことが次代で活躍できる人材である。
塾には、「発達障害」「不登校」「いじめ」など生き辛さを抱えていたり、「起業家志望」「医学部志望」「進学校志望」など希望を抱えていたり、多様なバックグラウンドを持った子たちが来る。「生き辛さ」は行政にはたらきかけ、「希望」はロールモデルとなる人物の紹介やワークショップの開催で、中・高生のやりたいことの実現の手助けをする。「生き辛さ」が「希望」へ、「希望」が「現実」になるような場づくりをしている。

孕石 修也 (愛媛県)

田中 美咲(滋賀県)

1988年生まれ。立命館大学卒業後、株式会社サイバーエージェントに入社。2013年3月に「防災があたりまえの世の中にする」をビジョンに「防災ガール」を設立、2015年に一般社団法人化。津波防災の新しい合図”オレンジフラッグ”を全国に広める「#beORANGE」を日本財団と共催にて立ち上げる。東京都防災冊子「東京防災」女性版の編集・検討委員。2018年世界の女性社会起業家22名に日本人唯一選出、その後一般投票にて世界1位を獲得。

 

【全国70市町村400本以上展開・国際PRアワード国内初受賞】

日本財団と連携し、津波防災の新しい合図「オレンジフラッグ」を高知・愛知・静岡・宮崎を中心として日本サーフィン連盟やライフセーボイング協会と協力し全国沿岸部に展開しています。その普及啓発をおこなう企画は、国際的なPRアワードにて大手広告会社を越え日本初受賞を獲得しました。

【全国20-30代の防災に特化したコミュニティを5年にわたり運営】

これまで日本で防災に関わりたいと考えた時に、消防団・自主防災組織しか選択肢がなく、行動を起こすにはハードルが高く、個人で継続するには仲間がいないことで諦めてしまう若者がたくさんいました。防災ガールが誕生してからは、入会希望者は後を絶たず、被災した若者も含め多くの人が防災ガールで活動し、企業や行政の防災担当者としても活躍しています。

【時代やニーズにあわせた変化スピードが特徴】

手法の決まった防災対策ではすでに若者は飽きてしまい、無関心になっています。時代の変化するスピードに業界も対策も追いついていないのが現状である中「防災ガール」ではそのニーズをキャッチアップして時代にあった発信を行なっています。これまでもファッションアイテムになる防災グッズや、位置情報を活用した避難訓練、デザインやストーリーを変えたイベントの企画運営などを実施しています。

田中 美咲(滋賀県)

中村 朱美(京都府)

1984年京都府亀岡市生まれ。

専門学校の職員として勤務後、2012年9月に「株式会社minitts」を設立し、1日100食限定で 美味しいものを手軽な値段で食べれるお店「佰食屋」を開業。2015年3月 「佰食屋すき焼き専科」、2017年3月「佰食屋肉寿司専科」を開業し、現在3店舗を運営。テレビや雑誌などで多数紹介される。

4歳長女・ 2歳長男の2児の母で、長男は脳性麻痺で1日3回のリハビリを続けている。

1日100食限定の飲食店「佰食屋」を運営。ランチ営業のみ、完売次第営業終了という、飲食店の常識を覆すビジネスモデルを構築。ワークライフバランス(18時完全退勤・残業ゼロ)と高い収益を、確かな商品力による口コミでの集客で宣伝費・賃料の削減、廃棄ロスゼロや冷凍庫非設置等のコスト削減により実現。仕事に代替性を持たせ、シングルマザー・障害者・介護中の方・高齢者(68歳以上3名)も積極採用中。

ワークライフバランス実現の飲食店として様々な賞を受賞

平成27年度京都市真の「 ワーク・ライフ・バランス」推進企業特別賞

第4回京都女性起業家賞の京都府知事賞(最優秀賞)

第3回LED関西ファイナリスト

第4回京信・地域の起業家大賞最優秀賞

地域未来牽引企業2018に選定

JVA2018ワークライフバランス推進特別賞

新・ダイバーシティ経営企業100選 2018

はばたく中小企業・小規模事業者300社 2018

就労困難者でも勤務可能な会社へ(従業員32名※正社員15名、パート17名)

・シングルマザー2名 ・介護中の方1名    

・障害者(難聴)1名   ・妊娠中の方1名

・子育て中(小学校以下)の方6名

・30代半ばで正社員になったことのない男性1名

・68歳以上で採用された方2名 ・日本国籍でない方1名

柔軟な勤務時間選択制度と、業務を個人の能力に頼らない仕組みにすること(マニュアル化)で、就職困難者の採用が可能となった。

フードロス・ゼロの取組と5方良し(①お客様②従業員③会社④仕入れ業者⑤環境)

1日100食限定にすることで、毎日同じ量の食材を仕入れ、全ての食材を使い切る。そのため全店舗に冷凍庫が無く、食材の廃棄も全くない。毎日同じ量の納品のため、地域の商店や業者さんたちは安定した納品で喜んでいただける上、ランチタイムで営業が終了するため、夜の光熱水費が全くかからず、環境にも優しい

中村 朱美(京都府)

吾子 可苗(福島県)

北海道士別市生まれ 

2004年 東京藝術大学美術学部工芸科漆芸専攻 卒業 

2006年 東京藝術大学大学院美術研究科 修了 

現在 日本現代工芸美術家協会 本会員 

会津大学短期大学部 非常勤講師 

2013年 第52回 日本現代工芸美術展 新人賞 受賞 

2015年 第54回 日本現代工芸美術展 現代工芸賞 受賞 

第40回 東北現代工芸美術展 第40回記念東北現代工芸会員賞 受賞 

2017年 第71回 福島県総合美術展 県美術準大賞 受賞 

2018年 漆の現在 2018展

◎漆造形作家として国内外の展覧会にて作品発表 ◎アジア漆工芸学術支援事業へ参加しミャンマー、ベトナム等へ赴き展覧会へ 参加、国際交流および調査、ワークショップ講師他(本年はカンボジアへ渡航予 定) ◎公立大学法人会津大学短期大学部の非常勤講師としてクラフト分野漆芸担 当。若い世代への漆芸の知識や技術を指導

日本最古の漆は現在、福井県出土の12600年前のものであるといわれており、玉虫の厨子や阿修羅像などをはじめ日本人のDNAに刻まれた素材と言っても過言ではありません。しかし現在は人々の生活の中から姿を消しつつあります。「漆」=「japan」と言われていた時代もありました。日本が誇る伝統文化の漆を、また多くの人々の生活の中に根付かせるためにはどうすべきか。漆の素晴らしさと文化を伝えられるよう活動しております。  

私が制作している作品は所謂漆器ではありません。どちらかというと彫刻に分類される形状です。しかしこれも歴とした漆芸技法の「乾漆技法」と呼ばれるものです。私の作品を初めて観る方には「どこまでが漆?」とよく聞かれますが、全て漆で制作しております。皆さんが知る「漆」と目の前にある「漆の作品」とのギャップを感じてもらう事で、漆に対する認識に変化が起こり、そこから漆そのものに興味を持っていただければ幸いです。  

小さな頃から本物の漆に触れる機会を増やしたいという想いから、漆の遊具の制作をしております。滑り台や大型の漆塗り積み木、パズルや乗り物等制作し、年に一回開催されるあいづまちなかアートプロジェクトにて約1ヶ月間展示し実際に子ども達に遊んでもらうというプロジェクトを続けております。普段触れる事のない肌触りに子ども達の反応も大変良く、体験することの重要性を改めて感じております。

吾子 可苗(福島県)

石黒 和己(東京都)

1994年愛知県生まれ。2015年、大学3年次にNPO法人青春基地を設立し、代表理事を務める。一人ひとりの将来に「想定外の未来をつくる!」をコンセプトに、全国の公立高校などで好奇心や探究からはじまるPBL(プロジェクト型学習)を中高生に届ける。

学生時代は、文京区立の中高生向け施設「b-lab」の立上げに参画。2016年社会起業塾イニシアティブ選出、2017年新公益連盟加盟。慶應義塾大学総合政策学部卒、現在は東京大学教育研究科修士課程。

「自分はダメな人間だと思うことがある」72.3%。

日本の中高生の自己肯定感や意欲の低さは、日々の学校現場でも感じる課題だ。

青春基地では、中高生の好奇心や意欲を育むために、「やってみたい・好き」という内発性の創出から始まるプロジェクト型学習を届けている。放課後支援に加え、東京都・山梨県の公立高校のなかで、通年授業のカリキュラム設計・運営を行う。一人ひとりが自分らしく未来を拓くことのできる社会を目指している。

2012年に学校が異なる6人の同級生たちと「僕らの一歩が日本を変える。」という高校生団体(現NPO)を立ち上げる。高校生と政治の距離が乖離して、学校では社会問題について意見や本音がなかなか話せないことから、政治家と高校生が直接対話する「高校生100人×国会議員」というイベントを開催しました。政治について国会議員と徹底討論した経験は、高校生たちが「自分たちにも社会は変えられる」という自信を醸成しました。

教育が、ひとの様々な課題の根底にある。それを紐解くために、大学1・2年生では、現場に入るためにNPOカタリバに参画。文京区にある中高生向け施設b-labのプロポーザルを4名のチームで獲得し、中高生たちの居場所や挑戦づくりの機会を手がけました。現在、b-labの来場者数は4年目で延べ8万人。イベント、プロジェクト、来館までの仕掛けなど、誰もがやってみたいことに挑戦できる参画をデザインしました。

大学3年夏に任意団体青春基地(現NPO)を設立。中高生たちが挑戦したいことを実現する機会の少なさを課題意識としてウェブマガジン青春基地を立ち上げ、インタビューを通じて中高生一人ひとりが会いたいひとや、考えたいテーマに取り組む機会を提供。首都圏を中心に中高生たちが集まり、将来の夢や悩み、社会課題を共有する居場所と挑戦の場ができました。ネットを通じて、海外からの留学生も参加したコミュニティになりました。

石黒 和己(東京都)

金森 千絵(富山県)

日本一小さな村『舟橋村』で生まれ育ち、大学を修学後はタイと東京で観光PRやコンサルティング業務に従事する。台湾人と国際結婚し、現在2児の母として4言語で子育て中。タイで起業する傍ら、台湾と日本(富山)を行き来し、生まれ育った村の発展に少しでも貢献したい、次世代につなげたいという想いから、『舟橋村』の農業の6次産業化への取り組みを精力的に推進している。

日本一小さな村で、農業の六次化を、村全体のブランディングと合わせて取り組んでいる。「スモール・イズ・ビッグ」日本一小さな村だからこそできる、生産者、加工者、流通・販売者、消費者の全ての方が関わり、ストーリーのある商品作りに挑戦している。米から酒へ、酒粕から味噌へ、地域の基幹産業を発展させながら、新たな製品を生み出し、地域行政を巻き込んだ村全体の活性化と地域産業を守り未来につなぐ活動をしている。

日本一小さな村にある農事組合法人のメリット、それはステークホルダーとの距離が近く、いつでも気軽に話ができて、コミュニケーションが円滑であること。その結果、一体感が生まれ、パワーが集約されることにより、エネルギーが倍増する可能性を秘めています。機動性を活かし、生産者、加工者、流通・販売者、消費者の全ての方を巻き込みながら商品開発に取り組んでいます。

「舟橋産のコシヒカリを使って美味しい日本酒を造りたい」酒造の専門家から見れば酒米ではないコシヒカリを使用した酒造りは常識破りの発想でしたが、組合の熱意に賛同して下さった桝田酒造店との協業により日本酒「ふなはし」が誕生しました。そして、「ふなはし」は数ある日本酒から“刺身に一番合う”日本酒として選ばれ「TORON」に発展しています(製造元は枡田酒造店、販売者は居酒屋チェーン「四十八漁業」)。

日本酒製造の過程で出来る酒粕。美味しいコシヒカリの副産物である酒粕は通常の酒粕よりもマイルドで美味しいとの評判もあり、酒粕としてだけではなくみんなが食べられる食品に加工したいという次なる夢が出てきました。酒粕入りの味噌、飴、等々、どんな味がマッチするのか。より多くの消費者を巻き込むため、クラウドファンディングを活用した新しい商品の開発に挑戦しています。

金森 千絵(富山県)

野田 あすか(宮崎県)

発達障害が原因で、子どもの頃からいじめられ、転校、自傷、入退院を繰り返す。22歳で発達障害と診断。たくさんの苦しみを抱え、自分の障害と向き合ってきたことで、やさしいピアノは多くの人の感動をよんでいる。

2006年、宮日音楽コンクールでグランプリ。15年、初の著書を上梓。翌年、脳科学者の中野信子氏との共著も出版。17年、岩谷時子賞奨励賞を受賞。18年、ビクターよりメジャーデビュー。現在、プロのピアニストとして活動。

ピアニスト。22歳で初めて発達障害と診断。

●聞いてくださる方の心が軽くなって、自然と笑顔になってほしいと願って、演奏活動をしています。一昨年、銀座の王子ホールでリサイタルを開き、プロのピアニストとしてデビューし、現在、全国9カ所でツアーを行っています。

●「発達障害」について多くの方に知っていただき、理解を深めてもらえるよう、メディア出演、著書やCDの発売、両親と共に講演+演奏を行ったりしています。

●発達障害への理解を深めるためのメディア出演、出版活動

・TBS系「金スマ」出演(2016年12月、2017年7月放送)

・NHK「おはよう日本」出演(2015年5月放送)

・朝日新聞「ひと」欄(2015年9月掲載)、他、読売新聞、産経新聞など多数

・NHK「ラジオ深夜便」出演(2015年10月放送、2016年1月再放送)など

・『CDブック 発達障害のピアニストからの手紙』(2015年5月刊)

・『心がホッとするCDブック』(中野信子氏との共著、2016年10月刊)

●発達障害への理解を深めるための講演、演奏活動

「発達障害の娘との30年」と題して、親の講演では、障害があっても一生懸命、前向きに生きようとしている娘のこと、子育てでの後悔や失敗、娘が何を考えていたのか等をお話しています。そして、親の講演に加え、私がピアノ演奏を行っています。

主な主催者…

・九州地区国立大学附属学校PTA連合会

・東京都港区役所障害福祉課

・福岡市発達障がい者支援センター

など、計40カ所以上出演。

●演奏、作曲活動

◆2016年10月、

 町田青年会議所50周年記念事業「まちたからフェスタ2017」に

 指揮者・西本智実氏、オーケストラと共に出演

◆ソロリサイタル

 ・16年、プロのピアニストとしてデビュー。

 東京「浜離宮朝日ホール」(500席、計4回演奏)、

 大阪「いずみホール」(700席)、

 宮崎「アイザックスターンホール」(1200席)等

 チケットは、完売、満席でご好評いただきました。

 ・18年、計9カ所で全国ツアー。

◆自作曲と歌の制作

野田 あすか(宮崎県)

岡田 美幸(静岡県)

1981年12月18日生まれ。3児の母。25歳で通信制高校に勤務し、不登校、非行などの問題を抱える生徒と向き合う中で、教育理念にとらわれず一人一人の個性や能力に合わせた柔軟な支援が必要であると思い独立しました。その後、自身の経験を活かし、若者の自立支援や就労支援ができる全寮制自立訓練校を設立。現在、約50名の生徒の生活管理、職業訓練、就労など包括的な支援を行っています。

静岡県御殿場市にてニートや引きこもりなど様々な問題を抱え、居場所を失くした若者を救出し、生活習慣の改善、資格取得支援、就労を通して社会復帰に向けた支援活動を行っている。現在、社会問題化されている「引きこもり」の数は、全国で80万人、予備軍を含め160万人以上とも言われ、長期・高齢化が進むほど社会復帰の道が閉ざされてしまう。御殿場市役所やリコーインダストリー(株)をはじめ大手企業と連携をはかることで、官民一体となって、日々若者の自立と無理の無い社会復帰に尽力している。

御殿場市にて、引きこもり、ニート、障がいなどの様々な問題を抱え孤立無業状態にある若者を、全寮制で自立・自活活動に向けた包括的なサポートを行っています。支援の必要な方たちに安心して生活してもらい、定着就労にむけて技能訓練や資格取得なども並行して行います。彼らが自信を得て、社会の中で歩んでいけるように支援しています。また、臨床心理士や医師によるメンタルチェックも行い、無理のない自立へ導いています。

支援活動として、自立した後も地域の人との関りをもてるようにするため、地域の方の困りごとをお聞きして枝切りや草抜き、地域のお祭り屋台のお手伝いなども定期的に行っています。ここでは、社会性や慈愛の心を育てています。また、家族支援として、毎月の活動内容を手作りで新聞をつくりご家族へ送付し、「親子改善」として3カ月に1度のペースで三者面談を行いながら進路の決定をしています。

「福祉と企業の隔たりをなくす」をテーマに平成29年4月より【障がい者就労移行支援ノースガイア】を開所し、障がいのある方(精神、知的、発達障害、持病)でも一般就労を目指して、生活サイクルの改善や病院への引率、作業訓練、就労定着などを支援しています。2017年度は7名の利用者のうち3名が一般就労を決めることができました。定着支援も引き続き行うことで安心して生活し続けられる環境を提供しています。

岡田 美幸(静岡県)

齋藤 栄太(福島県)

衰退した川俣シルクを復活させるため約3年かけ世界一薄いシルク「妖精の羽」を完成させる。

海外PRもかねてヨーロッパ市場開拓を開始し、海外製品に押されがちな繊維産業の中で世界に通用する素材としてアルマーニやエルメスと契約し話題を集める。ものづくり日本大賞 内閣総理大臣賞、グットデザイン賞、世界最大のデザイン賞 A’ Design Awardを受賞。またイタリア政府より特別バイヤーとして招聘された。

福島県川俣町出身 東北大学 大学院卒

川俣シルクを復活させるため、産地の技術と独自の技術を融合させて試行錯誤し世界一薄い絹織物の開発を行った。完成までには極細糸の製造や染色など他社の協力が不可欠であった。しかし、伝統的産業の職人は新しい用途の提案や物作りへの理解が十分でない人も多く、彼らを説得し極細糸の撚りや染めの試験を何度も繰り返して研究開発をなった。約3年の月日をかけて世界を驚かせた素材を完成させた。開発素材をイタリア、フランス、中国、アメリカを中心に現地に出向き、PR活動を行いながら販路開拓をしている。今ではルイ・ビィトンやエルメスといった世界のトップブランドにも採用されるほどの実績をあげている。

2016年開催のG7・伊勢志摩サミットにおいても、世界一薄いシルクを使用した製品が展示された。オバマ前アメリカ大統領を中心としたG7の首脳や関係者に対し大々的にPRすることができた。

開発素材の薄さ、軽さ、耐熱の強さ、抗菌性という特性から、ファッション分野以外にも工業・医療分野からも注目を集めている。

現在徳島大学医学部と合同で世界一薄いシルクを使い、再生医療に向けた細胞の培養に使用できないか研究活動を行っている。また、環境に配慮した新たな染色方法を研究するグループや、遺伝子組み換え蚕を使用した開発グループにも入り研究活動をしている。

齋藤 栄太(福島県)

三輪 開人(東京都)

早稲田大学在学中、友人と共にe-Educationを創業。バングラデシュの貧しい高校生に映像教育を提供して200人以上の難関国立大学進学者を輩出し、現在までに途上国14カ国15,000人の中高生に映像授業を届けてきた。2016年、アメリカの経済誌「Forbes」が選ぶアジアを牽引する若手リーダー「Forbes 30 under 30 in Asia」に選出される。1986年、静岡県掛川市生まれ。

「最高の授業を、世界の果てまで届ける」をミッションに、途上国の貧しい中高生に対して、質の高い映像授業を提供し、彼らの夢や目標の実現を応援しています。バングラデシュでは、有名な予備校講師の授業を収録して映像教材化し、貧しい農村の高校生たちに届けて彼らの大学受験を支援し、8年間で200人を超える難関大学進学者を輩出しました。活動は世界各国に広がり、現在までに15,000人以上の中高生を支援しています。

「家族を幸せにするために大学でもっと勉強したい」と泣きながら話してくれたバングラデシュの農村で暮らす高校生たち。彼らの家には電気がなく、街灯や灯油ランプの灯りを利用して毎日深夜まで勉強していました。彼らの夢を挑戦するために、都市部の有名予備校の先生の授業を収録して映像教材として村へ届けたところ、半年の受験勉強を経て、生徒の1人が現地のNo.1国立大学へ進学しました。

2010年から活動を開始し、バングラデシュの貧しい農村から200人を超える難関国立大学進学者を輩出してきました。2016年からは経済的困難を抱える大学生に奨学金を提供し、その対価として地元の高校生たちの勉強をサポートしてもらう還元型教育事業を開始しました。これらの取り組みはバングラデシュ政府から高く評価され、2017年には現地中央銀行総裁から感謝状を頂きました。

バングラデシュから始まった映像教育事業は、ヨルダン・ルワンダ・インドネシアなど8年間で世界14カ国へ広がり、これまで15,000人を超える中高生の勉強を応援してきました。そのうちフィリピンでは地方教育省と連携し、震災被害者等が学校に通わずとも映像教材を活用して高校を卒業できるプログラムを開発しました。2015年には、この取り組みが国の教育政策として国会承認・法律化され、全国へ広まりつつあります。

三輪 開人(東京都)

竹内 亜沙美(愛知県)

名古屋市立中学校特別支援学級元教諭。軽度知的障害児に働く力を身につけさせるために授業に企業の内職を導入したり、障害児通所施設に学習カリキュラムを作成・提供したりする中で障害者に関わる問題解決のために『教育と企業と福祉の連携』が必要なことに気づきNPO法人を設立。先生の仕事とNPO活動を両立させていたが、何事にも挑戦しやり遂げる子どもたちに心動かされ公務員を退職。障害児対象の就労支援教室を開所した。

『教育と企業と福祉の連携』をコンセプトに知的障害者の雇用促進活動をしています。

主な活動は、企業で戦力として働く力をもった障害児を育成するために障害児対象の就労支援教室の運営と分野を超えた連携のセンター的役割です。

教師として働いた経験を生かし、学校の教育技術を企業や福祉に導入し、企業で必要とされる力を学校や福祉に伝え、福祉制度の活用援助を学校や企業にすることで、それぞれの課題を解決しています。

就労教室で障害児がつくった製品を市場や社会に出しています。早期から社会の役にたっていることや企業から必要とされていることを感じさせることで自己肯定感や働きたい気持ち、作業能力を高めています。更に様々な業種の仕事を通して自身の得意なことに気付かせ、将来の目標をもった子どもを育成しています。また、障害があっても健常者と同様にできることがあることを企業に気付いて頂くきっかけにもなっています。

知的障害者の雇用に問題があるのは、障害者に関わる学校、福祉、企業の3者が連携する場がないため、正しい情報共有ができていないことが原因だと考えています。教師のほとんどが企業で働いた経験がない中でキャリア教育を行うため、実際に企業で必要とされる力と同様になっていないことや、各分野で重要視する点が違っていることがあります。この様な行き違いをなくし雇用を改善するために3者連携のセンター的役割をしています。

ダイバーシティ問題で取り上げられる社会的マイノリティの中で、唯一自己主張ができないのが知的障害者です。日常生活の中にも自身の力を出し切らないとできないことがある彼らは、もてる力を十二分に出し切ろうとすることが身についています。私たち健常者ではわからない努力の中で生き、社会が理解することを待っています。彼らを健常者のルールに当てはめ続けるのではなく、相互理解のために広く情報発信をしています。

竹内 亜沙美(愛知)